埼玉医科大学 臨床工学科
日本では他業務と兼務する臨床工学技士が人工心肺を操作し、限られた症例数での技術の習得と維持に苦悩しています。
そこで私たちは経験に依存しないバルブ式半閉鎖型体外循環(valve type semi-closed extracorporeal circulation ; VACC)を開発しました。
2011年の発案から、操作性、安全性を向上させる実験を重ね、日本体外循環技術医学会や日本人工臓器学会などで成果を報告し、ついに2018年には仙台医療センターにて臨床導入されました。
年間症例数が100例に満たない施設での安全な体外循環の一助になれるよう、VACCの普及を目指しています。
従来の開放型人工心肺回路とエクモ(ECMO)やVACCのような閉鎖型人工心肺回路のモデル回路を作成し、それぞれでウシの血液を長時間循環させて、血液に与える影響を比較しました。
閉鎖型回路の方が、赤血球の破壊(溶血)が少ない結果になりました。
心臓手術中の出血や人工心肺の使用により、血液は血管や心臓の内壁以外の組織や空気、人工心肺回路などの異物と接触することになります。
これにより血液は様々なダメージを受けています。
私たちは、人工心肺で閉鎖型回路を用いることで低侵襲な体外循環が可能であることを証明していきます。
基本は人工心肺回路で水を循環して、圧力や流量(流れの速度)、温度を計測する「水遊び」をしています。
この水遊びから、新たな疑問や思わぬ発見(セレンディピティー)が生まれ、次の研究テーマにつながっていきます。
ときに人工心肺の神様からのお告げが降りてくることも・・・
またこの水遊びにより人工心肺の扱いや計測に慣れることができ、将来人工心肺の操作に従事する際の自信につながるでしょう。
臨床工学技士(CE)を知っていますか?人工心肺を知っていますか?
医師だけでは治せない病気があります。
心臓手術には、CEが操作する人工心肺装置が必要になります。
人工心肺は心臓手術中の患者さんの命を守るための機械です。
その操作には「職人技」とも呼ばれる熟練した技術が必要で、それにあこがれてCEになった人も少なくありません。私もその一人です。
ですが日本では、超少子化など、この職人技で命を守るということを続けてはいけない現状があります。
人工心肺を経験に依らず安全に操作できるもの、患者さんのからだにやさしいものにするのを、循環医工学研究室『循研』の使命としています。
1953年、米国にて外科医のGibbon(ギボン)により開発された人工心肺装置を使用した心臓手術が初めて成功して以降、人工心肺も様々な進歩を遂げてきました。
しかし1980年代に、それまでの気泡型人工肺から替わり、膜型中空糸型人工肺が主流になってからは、これを用いた開放型回路が人工心肺の完成形かのごとく進歩は止まっています。
人工心肺による体外循環が生体に与える侵襲はとても大きいのですが、「必要悪」として用いられ続けています。
そうした中、1987年に臨床工学技士法が成立し、人工心肺による体外循環はCEが行うようになりました。
単なる操作者ではなく、「工学」を職業名に冠したCEこそが、人工心肺をさらに先へと進歩させなければなりません。
「人工心肺は開放型回路」というステレオタイプ(固定観念)、あたりまえからの解放!
人工心肺のPlus Ultra!
これが私たち循研の使命です!
論文
1. Okumura T,Matsuda K,Shiraishi N,et al.:Development of a valve type semi‑closed extracorporeal circulation system.Journal of Artificial Organs,24(3);320-326,2021
2. 松田恵介,奥村高広,畠山伸:バルブ式半閉鎖型体外循環法の臨床導入―経験に依存しない人工心肺を求めて―.体外循環,49(2);117-123,2022
3. 相澤康平,根岸幹大,奥村高広:バルブ式半閉鎖型体外循環における脱血管脱落時のair lock現象の研究.生体医工学,60(6);164-169,2022
4. 児玉圭太,相澤康平,井上萌花,白石直子,奥村高広.ローラーポンプの従来法の適正圧閉の定流量注入圧法による定量評価―実臨床機材を用いた検証―.日本臨床工学技士会会誌.80:72-76,2023
5. 奥村高広,相澤康平,町山敦史,根岸幹大,児玉圭太,松田恵介:人工心肺中の脱血管誤脱落時の安全性を高める方法の研究―バルブ式半閉鎖型体外循環回路の安全性向上―.体外循環,51(2);158-163,2024
学会発表
1. 相澤康平,根岸幹大,町山敦史,奥村高広.バルブ式半閉鎖型体外循環における片側脱血管脱落時のair lockに関する研究.生体医工学シンポジウム2022.2022.9.9~10.
2. 奥村高広,町山敦史,根岸幹大,五十木秀哉,相澤康平.人工心肺中の脱血管誤脱落時の安全性を高める方法の研究-バルブ式半閉鎖型体外循環回路の安全性向上-.第47回日本体外循環技術医学会.2022.11.19~20.
3. 本木太鷹,白石直子,枡岡彩,相澤康平,児玉圭太,奥村高広.閉鎖型体外循環の低侵襲性を溶血の観点から評価する.第29回日本体外循環技術医学会関東甲信越地方会大会.2023.4.16.
4. 谷口達哉、相澤康平、児玉圭太、白石直子、若山俊隆、奥村高広.光弾性法によるローラポンプチューブ断面の応力可視化の試み.第33回埼玉臨床工学会.2023.5.埼玉
5. 井上萌花、児玉圭太、白石直子、相澤康平、奥村高広.定流量注入圧法によるローラポンプの圧閉度の定量評価~実臨床機での検証~.日本医工学治療学会第39回学術大会.2023.5.埼玉
6. 児玉圭太、白石直子、相澤康平、奥村高広.定流量注入圧法によるローラーポンプの圧閉度調整機構の調整スパンの比較.第48回日本体外循環技術医学会大会.2023.10.仙台
7. 郡司益徳、相澤康平、児玉圭太、松田恵介、白石直子、奥村高広.貯血槽の大気開放機構の開発―バルブ式半閉鎖型体外循環回路の安全性向上―.第48回日本体外循環技術医学会大会.2023.10.仙台
8. 郡司益徳、相澤康平、児玉圭太、白石直子、奥村高広.空気塊と気泡の識別機構の開発―バルブ式半閉鎖型体外循環回路の安全性向上―.第48回日本体外循環技術医学会大会.2023.10.仙台
9. 井上萌花,児玉圭太,酒井壱波,平出峻也,谷口達哉,相澤康平,奥村高広.定流量注入圧法による内径・メーカーが異なるポンプチューブの圧閉度の評価.第30回日本体外循環技術医学会関東甲信越地方会大会.2024.4.20.
10. 奥村高広,枡岡 彩,本木太鷹,児玉圭太,相澤康平,小野川傑,白石直子.閉鎖型人工心肺回路の血液への低侵襲性を証明するーウシ血液による模擬回路の循環実験による血球数に与える影響の検証ー.第30回日本体外循環技術医学会関東甲信越地方会大会.2024.4.20.
11. 奥村高広.OUR CE ACADEMIA『人工心肺のPlus Ultra‼』.第42回日本体外循環技術医学会東北地方会大会(特別講演).2024.7.6.
12. 奥村高広,相澤康平,井上萌花,酒井壱波,平出峻也,児玉圭太.定流量注入圧法を用いた調整時のローラの位置に対する圧閉度の定量評価.第42回日本体外循環技術医学会東北地方会大会.2024.7.6.
13. 松田恵介,南 志穂,千葉裕之,氏家亜純,滑川 隆,畠山 伸,奥村高広.バルブ式半閉鎖型体外循環回路の循環血液量に対する受動的な適応性の検討.第49回日本体外循環技術医学会大会.2024.1012.旭川
14. 奥村高広,相澤康平,白石直子.閉鎖型人工心肺回路の開放型人工心肺回路に対する優位性を証明する~白血球への影響を調べるための基礎的検討~.第49回日本体外循環技術医学会大会.2024.1012.旭川
著書
1. 奥村高広 編集.特集 頻脈性不整脈を描く The world of 3D mapping.臨床工学ジャーナル【クリニカルエンジニアリング】 Vol.33 No.9.秀潤社.2022
2. 奥村高広,大木康則 編集.臨床工学技術ヴィジュアルシリーズ 動画と写真でまるわかり!ペースメーカ.秀潤社.2023
3. 奥村高広,加納 隆 編集.特集 植込み型心臓デバイス治療のニューノーマル.臨床工学ジャーナル【クリニカルエンジニアリング】 Vol.35 No.11.Gakken.2024
受賞
1. JaSECT Award 2023 論文賞(日本体外循環技術医学会2023.10):松田恵介,奥村高広,千葉裕之,氏家亜純,小澤唯華,亀沢志帆,滑川隆,畠山 伸.バルブ式半閉鎖型体外循環法の臨床導入―経験に依存しない人工心肺を求めて―.体外循環技術.49(2):117-123,2022